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公園

徐家匯公園についての簡単紹介

東側は宛平路、西側は天平路、南側は肇嘉浜路、北側は衡山路に位置する徐家匯公園は敷地面積が8.65ヘクタールだ。所在地はもともと1928年にできた大中華ゴム工場、1921年に建てられた東方EMIレコーディング会社(後は中国レコード上海支社に改名)、会社30軒と住宅団地745戸の旧跡だった。上海市、徐汇区政府は生態環境を改善するため、そこに「工場移転•緑化建設」プロジェクトを導入し、1999年11月30日、徐匯区人民政府と上海華誼グループが政府大会議室で結んだ契約の「大中華ゴム工場の移転と緑化建設プロジェクト」をきっかけに、徐家匯公園の建設工事が正式的に始まった。
2000年2月、徐匯区政府、上海都市計画管理局と上海市緑化管理局は「徐家匯公園企画設計方案の募集組織委員会」を成立し、入札募集に取り組んだ。その結果、カナダのモントリオール市WAA景観設計事務所の設計案を採用し、公園の建設を三期に分けて、総投資が102526.72万元となった。
三期の工事は渾然一体でありながら、それぞれの特色を持っている。一期工事はもともと敷地面積が3.53ヘクタールの大中華ゴム工場で、2000年9月から全面的に生産を停止したのだ。2001年2月28日、緑地工事が正式的に始まり、当時中共中央政治局委員•上海市委書記黄菊、上海市市長徐匡迪などは着工式と植樹活動に参加した。同年の9月22日、建設が終わり、一部開園となった。二期工事は中国レコーディング上海支社と周辺の会社9軒、住民140戸にわたり、敷地面積が3.72ヘクタールに達していた。2001年6月に立ち退き、同年7月に工事開始、2002年6月に竣工となり、6056平方メートルの水域面積を有する二期工事の建設も大変順調だった。スポンサー匯金デパートの5年の提供となっているので、その水域が「匯金湖」と名付けられた。三期工事は宛平路周辺で行ったが、2003年4月から12月5日まで、会社21軒、住民605戸が共に立ち退き移住に取り組んだ。敷地面積1.4ヘクタールの三期工事は立ち退きと建設を同時に展開させ、2004年3月12日に竣工し、開園となった。
徐家匯公園の建設は4年あまり続き、塀もドアも一切ついていなかったので、観光客が自由に出入りできるようになっていた。即ち、「人を中心に」開園した開放的な公園だ。園内配置は、その外見が上海地図によく似ており、中央部に上海における古い町の縮図景観区が設置され、灌木、アキニレやセンダンなどの植物が奇麗に飾りつけられたりして、美しい景色がどこにも見える。また、もとの東方EMIレコーディング会社における録音室用の小さな別荘と中国民族工業のシンボルである大中華ゴム工場の大きな煙突をそのまま残しておき、徐家匯特色樹種のモクセイと共に、都市の文脈発展と歴史の文化内包を生き生きと示してくれる。園内には、東西側を結び、長さ230メートルの景観歩道橋がある。匯金広場と徐家匯商城のすぐ隣に位置するこの歩道橋の両側には、緑いっぱいの「林帯」と木本刺繍入りの絹まりによる「花道」が設置され、実に素晴しいそのものだ。公園の入り口に繋いだ肇嘉浜路•宛平路の歩道橋に加え、観光客の入園、見物、ショッピングなどをごく便利にしてくれた。それに、こういう現代的な都市公園には、各年齢段の観光客向けのレジャー施設、障害者向けのバリアフリーの専用通路、電話ボックス8箇所、広場7箇所、バスケット運動場3箇所も揃っており、音楽会と展示会などがいずれも簡単に開催できるようになっている。さらに、敷地面積3500平方メートルで、総投資1812万元、車99台収納可能の地下車庫もあるそうだ。庭園の生態原理と植物の多様性原則によって、高木50種類と灌木130種類を植えいる一方、水域、芝生といった園内の美景色が衡山路•肇嘉浜路の景観道と一体になって、「人が園内を歩き、車が林間を走る」というスポットライトを奇麗に示してくれる。徐家匯公園の開園は徐家匯の商業貿易センター、公共活動センターとしての集合、輻射機能をレベルアップさせ、当地の生態環境と全体的なイメージを大幅に改善している。